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青森地方裁判所 昭和26年(行)25号 判決

原告 宮沢菊松

被告 天間林村農業委員会

主文

原告の請求中買収計画の取消を求める部分はこれを却下し、買収計画の無効確認を求める部分はこれを棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告が別紙第一目録記載の農地につき昭和二十三年十一月十七日、同第二目録記載の農地につき昭和二十四年十一月二十一日それぞれ樹立した買収計画はいずれも無効であることを確認する。仮りに右請求が理由ないとすれば右各買収計画はいずれも取消す。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、その請求原因として

一、別紙第一、第二目録記載の農地は原告の所有であるところ、被告は旧自作農創設特別措置法(以下自創法と略称する)に基き原告を不在地主と認定して

(イ)  昭和二十三年十一月十七日別紙第一目録記載の農地につき

(ロ)  昭和二十四年十一月二十一日別紙第二目録記載の農地につき

それぞれ買収計画を定めて即日これを公告し法定の期間縦覧に供したので、原告は(イ)については同二十三年十一月二十五日、(ロ)については同二十四年十一月二十九日それぞれ被告委員会に異議の申立をしたが、(イ)については握り潰され、(ロ)については「相立たず」と決定されたので、右(イ)、(ロ)につき同二十五年九月十五日青森県農地委員会に訴願したところ、同二十六年三月二十四日(イ)については「却下する」、(ロ)については「相立たない」との裁決があり、その裁決書の謄本は同年三月二十九日原告に送達されたが原告は同年四月五日これを了知した。

しかし、右各買収計画には次ぎに述べる如き違法があるから原告はこれが無効確認を求め、仮りに無効とまでは言えないとすればその取消を求めるため本訴を提起するに至つた次第である。即ち

二、(一) 本件買収計画が遡及買収ではなく計画当時の事実に基くもの(以下現状買収と略称する)であることは買収計画書中に適用法条として自創法第三条第一項第一号と表示してあることにより明らかである。しかしながら、原告はその当時在村地主であつて不在地主ではなかつた。即ち原告は青森県上北郡大三沢町岡三沢小学校勤務当時から肩書地に居住し、特に昭和二十一年三月三十一日には天間林村立二ツ森国民学校兼公立二ツ森青年学校へ転任しその後同二十九年停年退職に至るまで引続き肩書住所に居住し同校に通勤していたので右各買収計画が定められた当時在村地主であつた。従つて原告を不在地主として定めた右各買収計画は違法である。

(二) 仮りに右買収計画が遡及買収であるとしても

(1)  原告は昭和二十年十一月二十三日(以下基準日と称する)当時においても本件各農地所在地域内の肩書地に居住し、勤務先である前記岡三沢小学校に通勤していたものであるから在村地主であつて不在地主でなく、従つて被告が原告を不在地主として右各農地につき買収計画を定めたことは違法である。

仮りに右理由がないとしても、

(2)  自創法第六条の二によれば遡及買収の請求をなし得る者は右基準日現在における小作農であつて同日以後において耕作をやめたものであるべきところ、本件においては(イ)別紙第一目録記載の(一)及び(ロ)同第二目録記載の各農地についての右に該当する請求をなし得るものはいずれも訴外二ツ森幸之亟であるのに、いずれもこれと異なる(イ)については訴外二ツ森春松の、(ロ)については訴外二ツ森保の各請求により買収計画を定めたので右はいずれも違法である。

(3)  別紙第一目録記載の(二)の農地は耕地整理により昭和二十五年七月十三日別紙第三目録記載の農地に換地され、それまでは昭和十五年以来右換地された農地を耕地整理組合から仮りに配布され使用してきたものであるが、基準日現在における小作地で同日現在におけるその所有者の住所が同日以後において変更したものにつき自創法第六条の二により遡及買収の請求をなし得る者は基準日以後引続き耕作の業務を営んでいる小作農であるべきところ、別紙第三目録記載の(三)及び(四)の各農地についての右に該当する請求をなし得るものは前者につき訴外宮沢政吉後者につき訴外宮沢寿蔵であるのに、いずれもこれと異なる前者については訴外二ツ森保の、後者については訴外二ツ森定美の各請求により買収計画を定めたので右はいずれも違法である。

(4)  右の如く別紙第一目録記載の(二)の農地は昭和二十五年七月十三日別紙第三目録記載の農地に換地され、それまでは換地された右農地を仮りに配布されていたものであるから被告が本件買収計画を定めた当時は大字二ツ森字家ノ表十六番一号田四反八畝十四歩というような一団の土地は現実には存在せず、右仮配布の土地はこれと面積も違えば、その所在箇所も大字迄も違つた場所に亘り散在していたのである。従つてかる存在しない農地につき定めた買収計画は違法である。

(三) 本件買収計画が遡及買収のそれであるかどうかに拘らず別紙第一目録記載の農地については既に昭和二十三年二月九日買収計画が定められているのに重ねて同年十一月十七日本件買収計画を定めたのは同一農地につき二重に買収計画を定めた違法がある。

と述べ、

三、被告の本案前の抗弁に対し、原告は前記の如く昭和二十六年三月二十九日裁決書の謄本の送達を受けたけれども、その頃実兄沢居松太郎が中風のため上北郡甲地村浅葉病院に入院していたので同年三月二十二日から同年四月四日まで附添看護し、右四月四日帰宅してその翌日右送達に係る裁決を知つたのであり、同日から一ケ月後の同年五月五日は休日でその翌六日は日曜であつたからその翌七日本訴を提起したのである。従つて本訴は出訴期間を徒過した訴ではない。

と述べた。(立証省略)

被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、

本案前の抗弁として、原告の本訴請求中本件買収計画の取消を求める部分は不適法である。即ち原告はその主張の如く本件買収計画に関する訴願裁決書の謄本の送達を昭和二十六年三月二十九日に受け同日これを知つたものである。されば同日より一ケ月以上を徒過して同年五月七日提起された右訴は自創法第四十七条の二に定められた出訴期間の制限に従わない違法な訴であるから却下さるべきである。のみならず後記のとおり別紙第一目録記載の農地に関する買収計画に対しては、原告は法定期間内に異議の申立をしなかつたのであると述べ

本案の答弁として

原告主張の一、の事実中、別紙第一、第二目録記載の農地が原告の所有であること、被告が自創法の規定に基き原告は不在地主であるとの認定のもとに原告主張の一、(イ)(ロ)の日にその主張の農地につきそれぞれ買収計画を定め公告縦覧に付したこと、(ロ)についてその主張の日に異議申立がありその主張の如き決定をしたこと、(イ)(ロ)についてその主張の日に訴願があり、その主張の日にその主張の如き裁決があり、その謄本がその主張の日に原告に送達されたことは認めるが、その余は否認する。原告は(イ)については異議の申立を経ないで訴願を提起したのであり、又右送達を受けた日に裁決の内容を知つたものである。

原告主張の二、(一)の事実中、本件買収計画が現況買収のそれであること及び原告が岡三沢小学校勤務当時から肩書住所に居住していたことは否認する。その余の事実は認める。本件買収計画は自創法第六条の五、第三条第一項第一号に基き定められたものであるから、これを定められた当時在村地主であつたことを理由とする原告の主張は理由がない。

原告主張の二、(二)(1)の事実は争う。昭和二十年十一月二十三日現在における原告の住所は原告の肩書地ではなく、上北郡大三沢小学校内にあつたものである。即ち原告は大正十五年三月同郡六戸村折茂小学校勤務を振出しに青森県下諸所の小学校等の教員として歴任し、昭和十九年九月から同二十一年三月三十一日までは上北郡大三沢町岡三沢国民学校に勤務し、その間妻子と共に同所に居住しており、同年三月三十一日本件農地所在地域内の天間林村二ツ森国民学校に転任するに至つたものである。そこで被告は右基準日現在においては原告は不在地主に該当するものとして前記法条に基き本件買収計画を定めたものである。

原告主張の二、(二)(2)の事実中、本件買収計画が原告主張の者等の請求に基き定められたことは争う。右買収計画は前記の如く自創法第六条の五に基き定められたものであるから原告の主張はその理由がない。

原告主張の同(3)の事実中、主張の農地がその主張の日にその主張の各農地に耕地整理法により換地され、それまでその主張の如く仮配布、使用されてきたことは認めるが、その余の事実は否認する。右原告の主張は右(2)と同様の事由によりその理由がない。

仮りに本件買収計画が自創法第六条の二に基き定められたものとし、右(2)(3)において原告の主張する如く買収請求権のない者の請求により定められ違法のものとしも、その故に右買収計画自体が当然無効を来すものとは云えない。蓋し、遡及買収計画は自創法第六条の五に基き小作人の請求によらなくとも定められ得るものでありしかもその効果は請求による場合と彼此殆んど異なるものがないから請求者についての瑕疵は買収計画自体の無効を来たすほど重大なものと云うことを得ないからである。

又別紙第一目録(二)記載の農地については、原告主張の換地前にその買収計画が定められたものであり、従つて右買収計画後になされた換地によつて買収計画が違法をきたすいわれはない。

原告主張の三、の事実は争う。

と述べた。(立証省略)

理由

判示の便宜上先ず買収計画取消の請求につき判断を示すこととする。

一、本件農地が原告の所有の小作地であり、被告が自創法の規定に基き(イ)別紙第一目録記載の農地につき昭和二十三年十一月十七日(ロ)同第二目録記載の農地につき昭和二十四年十一月二十一日それぞれ買収計画を定め即日これを公告し縦覧に供したこと、原告は(ロ)について昭和二十四年十一月二十九日異議申立をしたが「相立たずず」との棄却の決定をされたこと、原告は右(イ)(ロ)について昭和二十五年九月十五日青森県農地委員会に訴願したところ、同二十六年三月二十四日(イ)については「却下する」(ロ)については「相立たない」との裁決があり、その裁決書の謄本が同年三月二十九日原告に送達されたことは当事者間に争いがない。原告は(イ)については昭和二十三年十一月二十五日に異議を申立てた旨主張するけれどもこの点に関する原告本人訊問の結果は措信しない。却つて成立に争いない甲第一号証によれば原告はこれについては異議の申立をしなかつたことが認められる。故に原告の取消請求中この部分はすでに不適法である。のみならず原告は前記訴願裁決の送達によりその内容を知つたものと推定すべきところ、原告はこれを知つたのは昭和二十六年四月五日であると主張し、原告本人訊問の結果により真正に成立したと認められる甲第六号証によれば原告の兄沢居松太郎が昭和二十六年三月二十二日から同年四月四日まで上北郡甲地村浅葉病院に入院していたこと、原告が同人を附添看護したことは認められるけれども、原告は右入院中引続き附添看護し帰宅した翌四月五日右裁決を知つた旨の原告本人訊問の結果は遽かに措信し難く、却つて成立に争いのない乙第二、三号証の各一、二によれば原告はその間勤務先の二ツ森小学校に登校もしていたことが認められるので他に特段の事由の認められない本件においては原告は右送達を受けた頃乃至は遅くとも成立に争いのない甲第七号証の二により右学校に出勤したことが認められる同年四月四日にはこれを了知したものと推認すべきである。そうすると同日より一ケ月以上を経過して同年五月七日提起された原告の本訴は自創法第四十七条の二に定められた出訴期間の制限に従わない違法な訴である。よつて買収計画取消の訴は却下されるべきである。

二、そこで本件買収計画について原告の主張する如きこれを無効ならしめる瑕疵があるか否か逐一検討する。

(一)  原告は本件買収計画は現状買収であるとして、当時原告は在村地主であるからこれを不在地主と誤認して定められた右買収計画は無効であるというのである。なる程成立に争いのない甲第十四号証の三及び同第十五号証の二(買収計画書)には買収の準拠法条として自創法第三条が掲げてあるだけで同法第六条の二、同条の五のいずれをも掲げていない。しかしそれだからと云つて右買収計画が遡及買収のそれでないと断定しさることは早計であつて右甲号各証に成立に争いのない甲第一、二号証、同第十四号証の一に証人附田又次郎の証言を綜合すれば本件買収計画は自創法第六条の五、第三条第一項第一号に基き定められたものであることが認められる。そうすると本件買収計画が現状買収のそれであることを前提とする原告の主張はその理由のないこと明らかである。

(二)(1)  原告は仮りに遡及買収としても昭和二十年十一月二十三日現在における原告の住所は本件農地所在の肩書天間林村にあつたと主張するので考えるに、当時原告が上北郡大三沢町岡三沢国民学校に勤務していたことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第一、二号証、同第十八号証、乙第四号証の二、同第五号証、証人附田又次郎の証言、原告本人訊問の結果(但し以下の認定と牡触する部分を除く)を綜合すれば原告は昭和十九年八月三十一日右岡三沢国民学校に転任を命ぜられ家族と共に赴任し、爾来同二十一年三月三十一日二ツ森国民学校に転任し肩書地に転住するまでの間原告並びにその家族は右岡三沢国民学校住宅に居住し、日曜日等に時折り隣村である肩書地に行つていたにすぎないことが認められ、右認定に反する甲第十七号証の記載は措信しない。右認定事実によれば原告の生活の本拠は前記学校住宅にあつたものというべきである。尤も原告本人訊問の結果によると戦時中空襲のはげしいときに原告はその妻子を実家である右肩書地に疎開させたことが認められる(甲第十七号証中原告も亦右肩書地に疎開した旨の記載は措信しない)けれども、右は当時の異常特殊な事情に基く一時的現象であつて、これあるがために原告の生活の本拠が前記学校住宅にあつたとの前記の認定を左右するに足りない。他には右認定を覆すに足りる証拠はない。従つて原告の右主張は理由がない。

(2)  原告主張の二、(二)(2)(3)の事実はこれを以て買収計画を無効ならしめるかしとまでは称しがたいばかりでなく、本件農地買収計画は自創法第六条の五に基き定められたものであること前認定の通りであるから同法第六条の二に基き定められたことを前提とする原告の主張はその理由がないこと明らかである。

(3)  別紙第一目録記載の(二)の農地は昭和二十五年七月十三日別紙第三目録記載の農地に換地されたものでその以前である本件買収計画当時右第三目録記載の農地は仮りに原告に配布されていたものであることは当事者間に争いがない。ところで耕地整理事業の施行の課程において従前の土地がその形状区劃を一変することのあり得ることは固より当然のことであつて、それだからと云つて従前の土地が客観的にその存在を失う理がない。しかして本件口頭弁論の全趣旨によれば原告は右従前の土地に対して耕地整理組合から仮りに配布されていた第三目録記載の農地を他人に賃貸していたことが認められる。かような場合の農地の売買その他の処分は従前の土地(たとへ耕地整理施行前の形状を全く止めない場合でも)についてこれをなすべきであることに疑問の余地がなく、右のような農地に対する買収処分もこれと異るところがない。そして本件の場合前記の如く従前の土地に対する耕地整理完了(換地の認可)までのその使用上の過渡的措置として組合から仮配布のあつた農地が小作地なのであるから被告が右従前の土地につき買収計画を定めたことになんらの違法もない。

(三)  原告は別紙第一目録記載の農地については既に昭和二十三年二月九日その買収計画が定められており、同一農地につき二重に本件買収計画を定めた旨主張するが、さような事実を認めるべき証拠はなく、成立に争いのない甲第十四号証の一、証人附田又次郎の証言によれば、被告は前記(イ)の買収計画を定めるに先だち原告から自創法第三条一項第一号に定められた小作地に該当する農地として買収すべきものがあると認めたので昭和二十三年二月九日その所有農地(土地の細目を掲げずに)を買収することになる旨を予め原告に通知したことが認められるにすぎない。原告の右主張も亦理由がない。

以上原告の本件行政処分無効確認の請求はその理由がないのでこれを棄却すべきである。

そこで訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し、主文の通り判決する。

(裁判官 飯沢源助 福田健次 中園勝人)

(別紙目録省略)

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